【ウマ娘】♀モブトレは考え過ぎる【SS】
1: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:03:43
あたしはトレーナー室で、ノートパソコンに向き合いひたすら考えている。
担当のムシャムシャの力を分析しつつ、来週に控えたホープフルステークスに出走する全てのウマ娘の実力と調子を調べつつ、そのトレーナーの指導傾向と取りそうな作戦の分析を進めていた。
あたしは今まで二人のウマ娘を担当してきた。でも全然ダメで、一人はクラッシク期の最後で、一人はシニア期の途中で、引退を決意させてしまった。
あたしは泣きながら彼女達に謝る事しか出来なくて、逆に彼女達を泣かせてしまった。
トレーナーとして、あたしはまだまだ未熟で、ウマ娘の力を伸ばす術にあまり長けていない。
だからって、そこで立ち止まる訳にも行かない。
あたしの行動全てが、ウマ娘の一度しかないトゥインクル・シリーズに繋がっているのだから。
そうして、あたしは考え続ける。
寝る間なんていらない。
なにより担当を勝たせるのが、私の仕事だからだ。
「トレーナー……」
「……ムシャムシャ、いたの?」
集中しすぎて、担当が部屋に入っていたのに気づかなかった。
モニターから目を離さず、言う。
「ごめん、もう少し終わるから」
「あ、はい……」
やけにか細い声だと思いつつ、データ処理を続ける。
ムシャムシャが、ジャージに着替えて向かいに座る音が聞こえた。
そこから、あたしのタイピング音だけが響く。
「あの、トレーナー」
「ん、なに?」
「私……、引退したいです」
指が止まる。何を言われたのか判断できず、しばらく固まる。
担当のムシャムシャの力を分析しつつ、来週に控えたホープフルステークスに出走する全てのウマ娘の実力と調子を調べつつ、そのトレーナーの指導傾向と取りそうな作戦の分析を進めていた。
あたしは今まで二人のウマ娘を担当してきた。でも全然ダメで、一人はクラッシク期の最後で、一人はシニア期の途中で、引退を決意させてしまった。
あたしは泣きながら彼女達に謝る事しか出来なくて、逆に彼女達を泣かせてしまった。
トレーナーとして、あたしはまだまだ未熟で、ウマ娘の力を伸ばす術にあまり長けていない。
だからって、そこで立ち止まる訳にも行かない。
あたしの行動全てが、ウマ娘の一度しかないトゥインクル・シリーズに繋がっているのだから。
そうして、あたしは考え続ける。
寝る間なんていらない。
なにより担当を勝たせるのが、私の仕事だからだ。
「トレーナー……」
「……ムシャムシャ、いたの?」
集中しすぎて、担当が部屋に入っていたのに気づかなかった。
モニターから目を離さず、言う。
「ごめん、もう少し終わるから」
「あ、はい……」
やけにか細い声だと思いつつ、データ処理を続ける。
ムシャムシャが、ジャージに着替えて向かいに座る音が聞こえた。
そこから、あたしのタイピング音だけが響く。
「あの、トレーナー」
「ん、なに?」
「私……、引退したいです」
指が止まる。何を言われたのか判断できず、しばらく固まる。
2: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:05:20
「…………………ぇ」
小さく声が漏れ、視線を上げるとそこには今にも泣き出しそうなムシャムシャがいた。
「私、次のレースで引退したいです……」
「ちょ、ちょっと待って……! 何でよ、あなたはこれからのウマ娘じゃない!?」
椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がり、身を乗り出す。
ムシャムシャは素質があり、力も付き初めている。それに、ここまで一度も掲示板を外さずに来られたウマ娘なのだ。
ホープフルだって、作戦を立てれば十分に可能性がある。
「だって、トレーナー……私のこと見てくれないじゃないですか……」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。あたしは、ちゃんと彼女を見ていたつもりだ。
でなければ、作戦なんて立てられない。
あたしが反論する前に、ムシャムシャは続けた。
「トレーナーのおかげで、ここまで戦ってこれました……。それは感謝しています。でも、それってトレーナーが私よりも他の子をよく見て、他の子の事をよく考えていたからですよね……」
「それは」
そうしなければ、私は彼女を勝たせられない未熟者だからで──
「気づいてますか? 目が合ったの、久しぶりなんですよ?」
──あたしの頭は真っ白になった。
「私は、トレーナーに見いだされました。でも、あなたの理論を証明する道具じゃないんです……」
小さく声が漏れ、視線を上げるとそこには今にも泣き出しそうなムシャムシャがいた。
「私、次のレースで引退したいです……」
「ちょ、ちょっと待って……! 何でよ、あなたはこれからのウマ娘じゃない!?」
椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がり、身を乗り出す。
ムシャムシャは素質があり、力も付き初めている。それに、ここまで一度も掲示板を外さずに来られたウマ娘なのだ。
ホープフルだって、作戦を立てれば十分に可能性がある。
「だって、トレーナー……私のこと見てくれないじゃないですか……」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。あたしは、ちゃんと彼女を見ていたつもりだ。
でなければ、作戦なんて立てられない。
あたしが反論する前に、ムシャムシャは続けた。
「トレーナーのおかげで、ここまで戦ってこれました……。それは感謝しています。でも、それってトレーナーが私よりも他の子をよく見て、他の子の事をよく考えていたからですよね……」
「それは」
そうしなければ、私は彼女を勝たせられない未熟者だからで──
「気づいてますか? 目が合ったの、久しぶりなんですよ?」
──あたしの頭は真っ白になった。
「私は、トレーナーに見いだされました。でも、あなたの理論を証明する道具じゃないんです……」
3: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:07:00
違う、あたしはそんなつもりでムシャムシャを見ていない、私は彼女を勝たせたくて、必死で考え続けて来た。
そう反論したくても、口が開かなかった。声も出なかった。
彼女の言う通り、目が合ったのは久しぶりだったから。
「私は……、私を見てくれない方と、シニアまで一緒やっていく自信はありません。でも……恩もあるあなたを裏切れません。だから……次で引退します」
そう言って、彼女はトレーナー室から出ていく。
「メニュー、こなして来ます……」
そんな言葉を残して。
少しして、ドカッと音がした。
あたしが椅子に座った音だと気づいたのは、お尻が鈍い痛みを訴えて来たから。
「……ぁ、あああっ!」
自然と出てきた呻き声が叫び声に変わっていく。
あたしは髪をかきむしり、テーブルに頭を打ち付ける。
痛みなんて、気にならない。
胸が痛かった。張り裂けそうな程、痛かった。
「ああっ、あああああっ!」
あたしは失敗した。また、失敗した。もう、取り返しがつかない。
まただ。また、決断させてしまった。
引退を!
引退をっ!
引退をっ!!
そう反論したくても、口が開かなかった。声も出なかった。
彼女の言う通り、目が合ったのは久しぶりだったから。
「私は……、私を見てくれない方と、シニアまで一緒やっていく自信はありません。でも……恩もあるあなたを裏切れません。だから……次で引退します」
そう言って、彼女はトレーナー室から出ていく。
「メニュー、こなして来ます……」
そんな言葉を残して。
少しして、ドカッと音がした。
あたしが椅子に座った音だと気づいたのは、お尻が鈍い痛みを訴えて来たから。
「……ぁ、あああっ!」
自然と出てきた呻き声が叫び声に変わっていく。
あたしは髪をかきむしり、テーブルに頭を打ち付ける。
痛みなんて、気にならない。
胸が痛かった。張り裂けそうな程、痛かった。
「ああっ、あああああっ!」
あたしは失敗した。また、失敗した。もう、取り返しがつかない。
まただ。また、決断させてしまった。
引退を!
引退をっ!
引退をっ!!
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4: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:09:05
肺の中の全て空気を吐き切って、それでも叫ぼうとして、私は気絶した。
その最中、決意した。
──もう、トレーナー止めよう。
あたしはウマ娘を不幸にするだけだから。
*
気がつくと、最高に気分が悪かった。
頭の中がグルグル回ってて、同時に強烈な吐き気がして、私はなけなしの力が寝返ってベッドに全てぶちまけた。
途中、何かがちぎれる音がしたが気にせず、あたしは吐き続けた。
胃の中の物がなくなっても、吐き気は収まらない。
口の中に指を突っ込んで、吐き続けた。
ようやく吐き気が収まった頃、吐瀉物の中に突っ伏して必死に呼吸する。
「……ぁ?」
そこで、ようやく知らない場所にいることに気づく。
さらに左腕が痛いのに気づいたが、視線を向ける気力もなくあたしは再び目を閉じた。
その最中、決意した。
──もう、トレーナー止めよう。
あたしはウマ娘を不幸にするだけだから。
*
気がつくと、最高に気分が悪かった。
頭の中がグルグル回ってて、同時に強烈な吐き気がして、私はなけなしの力が寝返ってベッドに全てぶちまけた。
途中、何かがちぎれる音がしたが気にせず、あたしは吐き続けた。
胃の中の物がなくなっても、吐き気は収まらない。
口の中に指を突っ込んで、吐き続けた。
ようやく吐き気が収まった頃、吐瀉物の中に突っ伏して必死に呼吸する。
「……ぁ?」
そこで、ようやく知らない場所にいることに気づく。
さらに左腕が痛いのに気づいたが、視線を向ける気力もなくあたしは再び目を閉じた。
5: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:09:32
ごめん、ひたすらごめん。
6: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:10:32
重い…
7: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:10:40
トレーナーって辛すぎる職業なんやな…
8: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:12:07
辛いなぁ
10: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:14:32
良い 続けてくれ
11: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:15:04
救いはないのですか~?
12: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:16:26
でも口に出して言ってくるってことはまだ救いはある
13: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 01:37:02
最善を目指して最善を否定されたか、辛いなぁ。
16: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 07:47:39
悲しいすれ違い…
17: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 07:48:09
やめてくれ、やめてくれくれ、やめてくれ
19: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 10:59:38
これは翌朝ムシャムシャが第一発見者になるやつですね
20: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 11:30:35
おい光ルートまで書いてくれよ 頼むよ
24: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:32:04
次に気がついた時、あたしはようやくここが病院の個室であると知った。
左腕が点滴パックと繋がっていたから。
ただ、左腕の一部に包帯が巻かれていて、痛かったのはこれかと気づく。
そこまで来て、ようやく自分の置かれた状況を察する事ができた。
「入院かぁ」
自分でもビックリするほどのガラガラ声だった。吐いた時、指を喉に突っ込み過ぎたらしい。
今、いつの何時なんだろう……。
ずいぶんとすっきりした頭で、冷静にそう考える。
窓はカーテンがかかっているが、光が透けているので午前中なのはわかった。
どっかに時計ないかな?
部屋に視線を巡らせると、サイドチェストの上段にデジタル時計がついてるのに気づく。
時刻は予想通り、午前中。その上に小さく日付があり、目を見開く。
「レース……終わってる?」
思わず、飛び起きようとして出来なかった。
体に全然、力が入らない。
その事を自覚すると同時に、その資格がないことも自覚する。
左腕が点滴パックと繋がっていたから。
ただ、左腕の一部に包帯が巻かれていて、痛かったのはこれかと気づく。
そこまで来て、ようやく自分の置かれた状況を察する事ができた。
「入院かぁ」
自分でもビックリするほどのガラガラ声だった。吐いた時、指を喉に突っ込み過ぎたらしい。
今、いつの何時なんだろう……。
ずいぶんとすっきりした頭で、冷静にそう考える。
窓はカーテンがかかっているが、光が透けているので午前中なのはわかった。
どっかに時計ないかな?
部屋に視線を巡らせると、サイドチェストの上段にデジタル時計がついてるのに気づく。
時刻は予想通り、午前中。その上に小さく日付があり、目を見開く。
「レース……終わってる?」
思わず、飛び起きようとして出来なかった。
体に全然、力が入らない。
その事を自覚すると同時に、その資格がないことも自覚する。
25: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:33:32
その時、扉が開く。
顔を出したのは、同期のトレーナーだった。
「お、ようやくお目覚めか?」
「何で、あんた……?」
「ひでぇ声だな。無理に喋んなよ」
飄々とした同期は、サイドチェストの上に乗ったミネラルウォーターと水差しを手に取る。
「水、飲むか?」
頷くと、用意して飲ませてくれた。少しずつだぞ、と警告されながら常温の水が喉の痛みを伴いながら体に染み込んでいく。
その間に同僚はナースコールを押したらしく、誰かと話していた。
すぐ看護師の女性が来て、色々確認した後、医師が来て色々教えてくれた。
かい摘んで言えば、過労と神経衰弱と診断され、内臓が弱っているので半月ほどの入院が必要だと言われた。
医師は最後に「安静にね」という言葉を残して出て行く。
「俺がいるのはな。当番だったからだよ」
二人切りになって同期はそう言った。
同期同士で持ち回りで、お見舞いに来ていたそうだ。
「そう……」
少しマシになった声で、そう呟く。
「ムシャムシャはな」
「いい、分かってる……」
同期の言葉を遮り、顔を背ける。
顔を出したのは、同期のトレーナーだった。
「お、ようやくお目覚めか?」
「何で、あんた……?」
「ひでぇ声だな。無理に喋んなよ」
飄々とした同期は、サイドチェストの上に乗ったミネラルウォーターと水差しを手に取る。
「水、飲むか?」
頷くと、用意して飲ませてくれた。少しずつだぞ、と警告されながら常温の水が喉の痛みを伴いながら体に染み込んでいく。
その間に同僚はナースコールを押したらしく、誰かと話していた。
すぐ看護師の女性が来て、色々確認した後、医師が来て色々教えてくれた。
かい摘んで言えば、過労と神経衰弱と診断され、内臓が弱っているので半月ほどの入院が必要だと言われた。
医師は最後に「安静にね」という言葉を残して出て行く。
「俺がいるのはな。当番だったからだよ」
二人切りになって同期はそう言った。
同期同士で持ち回りで、お見舞いに来ていたそうだ。
「そう……」
少しマシになった声で、そう呟く。
「ムシャムシャはな」
「いい、分かってる……」
同期の言葉を遮り、顔を背ける。
26: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:34:59
もう、彼女は引退しているはずだ。順位も何も気にならなかった。
それに、
「あたし、退院したらトレーナー止める……」
からだ。
言い終えて、目を閉じる。
同期がハッとした様に何か言っていたが、あたしは無視して眠りに落ちた。
次に目が覚めた時、感じたのは軽い空腹だった。
薄暗いオレンジ色に染まった部屋で時計を見ると、深夜で仕方なく目を閉じる。
いくらでも眠れる気分だった。
朝、目が覚めると空腹がひどくなっていた。
しかし、久しぶりの食事は具なしのスープで、腹が落ち着くのに昼まで待つ事になった。
それも、流動食染みた物だったが。
午後はもうボーッと過ごした。
こんなにゆっくりできたのは本当に久しぶりで、ゆったり時間が流れるのを楽しむでもなく、ただただボーッとしていた。
三時を回った頃だろうか、扉が開く。
同期の誰かかと思ったら、かなりの大先輩だった。
「よう」
「あ、はい」
「元気そう……ではねぇな」
「まぁ」
あたしの覇気のない返事に、先輩はやりにくそうに頭をかく。
それに、
「あたし、退院したらトレーナー止める……」
からだ。
言い終えて、目を閉じる。
同期がハッとした様に何か言っていたが、あたしは無視して眠りに落ちた。
次に目が覚めた時、感じたのは軽い空腹だった。
薄暗いオレンジ色に染まった部屋で時計を見ると、深夜で仕方なく目を閉じる。
いくらでも眠れる気分だった。
朝、目が覚めると空腹がひどくなっていた。
しかし、久しぶりの食事は具なしのスープで、腹が落ち着くのに昼まで待つ事になった。
それも、流動食染みた物だったが。
午後はもうボーッと過ごした。
こんなにゆっくりできたのは本当に久しぶりで、ゆったり時間が流れるのを楽しむでもなく、ただただボーッとしていた。
三時を回った頃だろうか、扉が開く。
同期の誰かかと思ったら、かなりの大先輩だった。
「よう」
「あ、はい」
「元気そう……ではねぇな」
「まぁ」
あたしの覇気のない返事に、先輩はやりにくそうに頭をかく。
27: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:36:32
「止めるんだって……」
「そのつもりです」
どうやら引き留めに来たらしい。だが、あたしの心はもう定まっている。
「失敗した事なら気にする必要はねぇんだぞ? 誰だって失敗しながら学んで行くんだ」
当たり障りのない言葉だ。思わず笑ってしまう。
「三人のウマ娘を引退に追い込んだのに、ですか?」
「……三人?」
「えぇ、ムシャムシャもホープフルで引退すると言っていました」
「そんな話、俺は知らねぇぞ?」
「大先輩の耳に入る話じゃないでしょう?」
「いや、本人からも聞いてねぇ」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「ぇ……」
「ついさっき会ってな。色々聞いたんだが……」
絶句する。
「つい、さっき……?」
「あぁ、合わせる顔がねぇと言ってたが、一応引き留めてある……呼ぶか?」
無意識に、頷いていた。
しかし、すぐに後悔する。合わせる顔がないのは、こちらの方なのだ。
「あ、やっぱり……」
「そのつもりです」
どうやら引き留めに来たらしい。だが、あたしの心はもう定まっている。
「失敗した事なら気にする必要はねぇんだぞ? 誰だって失敗しながら学んで行くんだ」
当たり障りのない言葉だ。思わず笑ってしまう。
「三人のウマ娘を引退に追い込んだのに、ですか?」
「……三人?」
「えぇ、ムシャムシャもホープフルで引退すると言っていました」
「そんな話、俺は知らねぇぞ?」
「大先輩の耳に入る話じゃないでしょう?」
「いや、本人からも聞いてねぇ」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「ぇ……」
「ついさっき会ってな。色々聞いたんだが……」
絶句する。
「つい、さっき……?」
「あぁ、合わせる顔がねぇと言ってたが、一応引き留めてある……呼ぶか?」
無意識に、頷いていた。
しかし、すぐに後悔する。合わせる顔がないのは、こちらの方なのだ。
「あ、やっぱり……」
28: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:38:13
「あん? ……お前、お礼くらい言っとけよ」
立ち上がりかけた大先輩は、再び腰を下ろす。
「お、礼……?」
「あぁ、知らなかったのか……。第一発見者はどっちもムシャムシャだったんだぞ?」
第一発見者というのは、まぁわかる。トレーナー室で気絶したのを最初に見つけたのがムシャムシャなのだろう。
でも、
「どっちもって……?」
「お前、ゲロ吐いたの覚えってか?」
「はい」
「それを最初に見たのも、ムシャムシャだったんだぞ」
「……なるほど」
嫌な物を見せてしまったな、程度に考えたが大先輩は呆れている様子だった。
「なに澄ました顔してんだ。大騒ぎだったんだぞ?」
「へ?」
それから、大先輩は色々教えてくれた。
まず、毎日ムシャムシャがお見舞いに来ていた事。
そして、あたしが吐いた後がかなり惨状だった事。
左腕を無理やり動かしたせいで、点滴の注射針が動脈を突き破ってかなりの出血していた事。
血と吐瀉物と胃液で染まったベッドに、顔面蒼白で沈むあたしを発見してムシャムシャがパニックに陥った事。
彼女を取り押さえるのに、他の見舞い客であるウマ娘まで動員された事。
あたしは治療と輸血の後、体を洗って別の個室に移された事。
あたしの意識が戻るまで、ムシャムシャは見舞い禁止となり、見舞いは同期達の持ち回りになった事。
全てを聞かされた。
立ち上がりかけた大先輩は、再び腰を下ろす。
「お、礼……?」
「あぁ、知らなかったのか……。第一発見者はどっちもムシャムシャだったんだぞ?」
第一発見者というのは、まぁわかる。トレーナー室で気絶したのを最初に見つけたのがムシャムシャなのだろう。
でも、
「どっちもって……?」
「お前、ゲロ吐いたの覚えってか?」
「はい」
「それを最初に見たのも、ムシャムシャだったんだぞ」
「……なるほど」
嫌な物を見せてしまったな、程度に考えたが大先輩は呆れている様子だった。
「なに澄ました顔してんだ。大騒ぎだったんだぞ?」
「へ?」
それから、大先輩は色々教えてくれた。
まず、毎日ムシャムシャがお見舞いに来ていた事。
そして、あたしが吐いた後がかなり惨状だった事。
左腕を無理やり動かしたせいで、点滴の注射針が動脈を突き破ってかなりの出血していた事。
血と吐瀉物と胃液で染まったベッドに、顔面蒼白で沈むあたしを発見してムシャムシャがパニックに陥った事。
彼女を取り押さえるのに、他の見舞い客であるウマ娘まで動員された事。
あたしは治療と輸血の後、体を洗って別の個室に移された事。
あたしの意識が戻るまで、ムシャムシャは見舞い禁止となり、見舞いは同期達の持ち回りになった事。
全てを聞かされた。
29: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:39:43
「……そう、だったんですか」
大騒ぎになった事も、輸血された事も、病室が移っていた事にもまるで気づかなかった。
全部、あたしが気を失っていた間の事なのだから、仕方ないと言えばそれまでだが、急に申し訳なさが込み上げてくる。
「すみません先輩。ムシャムシャ、呼んでもらえますか?」
「おう」
大先輩はそう言って病室から出ていく。
さほど時間もかからず、また扉が開いて制服姿のムシャムシャが現れた。
「トレーナー……」
久しぶりに見た気さえする彼女は顔色が悪く、中々入って来ようとしない。
「さ、おいで」
私が呼ぶと、ふらふらとした足取りで椅子に座る。しかし、言葉がでない様子ですぐ俯いてしまった。
とりあえず、あたしは
「ありがとね」
とお礼を言って、
「ごめんね」
続けて謝罪する。
なにに謝っているのかと言われれば、色々な事をとしか言えない。
それくらいあたしは失敗した。
大騒ぎになった事も、輸血された事も、病室が移っていた事にもまるで気づかなかった。
全部、あたしが気を失っていた間の事なのだから、仕方ないと言えばそれまでだが、急に申し訳なさが込み上げてくる。
「すみません先輩。ムシャムシャ、呼んでもらえますか?」
「おう」
大先輩はそう言って病室から出ていく。
さほど時間もかからず、また扉が開いて制服姿のムシャムシャが現れた。
「トレーナー……」
久しぶりに見た気さえする彼女は顔色が悪く、中々入って来ようとしない。
「さ、おいで」
私が呼ぶと、ふらふらとした足取りで椅子に座る。しかし、言葉がでない様子ですぐ俯いてしまった。
とりあえず、あたしは
「ありがとね」
とお礼を言って、
「ごめんね」
続けて謝罪する。
なにに謝っているのかと言われれば、色々な事をとしか言えない。
それくらいあたしは失敗した。
30: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:39:59
わたしこういうの好き!!!!
31: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:41:06
ムシャムシャが顔を上げなかったので、さらに続ける。
「引退、してないんだね」
「できるわけ、ないじゃないですか……こんな状況で」
「それも、そっか……」
震えている声に、怒ってるなぁ、と思う。
確かにトレーナーが入院してる間に、引退話を進められる訳がない。
それが、あたしの最後の仕事になりそうだ。
「悪いけどさ、退院するまで待っててよ……」
できるだけ穏やかな声で言うと、ムシャムシャの膝に置かれた両手がギュッと握り締められるのがわかった。
「…………なんなんですか、……なんで、そんな話になるんですか……」
「ムシャムシャ?」
「わた、私が……どれだけ心配、したと……」
握り締められた拳に雫が落ちる。
ムシャムシャは顔を上げ、まっすぐあたしを見る。その顔には涙が流れていた。そしてその目には決意の色があった。
「トレーナー。私、引退を撤回します……」
「ぇ……」
「あなたを、ここまで追い込んだ責任は……私にもありますから」
違う、それは違う。私が、私を追い込んだだけだ。
だから否定しようとして、
「そんなこ──」
「だから、トレーナーも止めるなんて言わないで……!」
「引退、してないんだね」
「できるわけ、ないじゃないですか……こんな状況で」
「それも、そっか……」
震えている声に、怒ってるなぁ、と思う。
確かにトレーナーが入院してる間に、引退話を進められる訳がない。
それが、あたしの最後の仕事になりそうだ。
「悪いけどさ、退院するまで待っててよ……」
できるだけ穏やかな声で言うと、ムシャムシャの膝に置かれた両手がギュッと握り締められるのがわかった。
「…………なんなんですか、……なんで、そんな話になるんですか……」
「ムシャムシャ?」
「わた、私が……どれだけ心配、したと……」
握り締められた拳に雫が落ちる。
ムシャムシャは顔を上げ、まっすぐあたしを見る。その顔には涙が流れていた。そしてその目には決意の色があった。
「トレーナー。私、引退を撤回します……」
「ぇ……」
「あなたを、ここまで追い込んだ責任は……私にもありますから」
違う、それは違う。私が、私を追い込んだだけだ。
だから否定しようとして、
「そんなこ──」
「だから、トレーナーも止めるなんて言わないで……!」
32: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:42:55
悲痛な声で遮られた。
「私、また勝てませんでした。初めて、掲示板も外しました……。誰がどれだけ走るとか、どんな作戦立ててるとか、どこで仕掛け来るか分からなかったし、……私自身どこで仕掛けていいか分かりませんでした」
ホープフルステークスの結果はなんとなく察していた。
きっとそうなるだろう、と思っていた。
「私は、私の甘えを知りました。本当の意味で、私はトレーナーのおかげでやってこれたんだなって知りました。……トレーナーはすごいトレーナーです」
あたしはそんなにすごくない、と言おうとして言えなかった。
彼女の目には、それほど力があったから。
「それと、勝手にノートパソコンの中身、見させてもらいました……ごめんなさい」
「え、いや、別に」
急に話が変わって、しどろもどろになる。
「他のウマ娘のデータも多かったですけど……、一番多かったのは私でした」
それは当たり前だ。なにせ、担当なのだから。
「すごく細かく書かれていて……トレーナーは、ちゃんと私を見てくれてたんです。なのに私は、ひどいことをトレーナーに言いました……」
だから、違う。あたしは考え過ぎていたんだ。
頭でっかちに考え過ぎていただけなんだ。
だから、一番大事な事を見過ごしていた。
「私、また勝てませんでした。初めて、掲示板も外しました……。誰がどれだけ走るとか、どんな作戦立ててるとか、どこで仕掛け来るか分からなかったし、……私自身どこで仕掛けていいか分かりませんでした」
ホープフルステークスの結果はなんとなく察していた。
きっとそうなるだろう、と思っていた。
「私は、私の甘えを知りました。本当の意味で、私はトレーナーのおかげでやってこれたんだなって知りました。……トレーナーはすごいトレーナーです」
あたしはそんなにすごくない、と言おうとして言えなかった。
彼女の目には、それほど力があったから。
「それと、勝手にノートパソコンの中身、見させてもらいました……ごめんなさい」
「え、いや、別に」
急に話が変わって、しどろもどろになる。
「他のウマ娘のデータも多かったですけど……、一番多かったのは私でした」
それは当たり前だ。なにせ、担当なのだから。
「すごく細かく書かれていて……トレーナーは、ちゃんと私を見てくれてたんです。なのに私は、ひどいことをトレーナーに言いました……」
だから、違う。あたしは考え過ぎていたんだ。
頭でっかちに考え過ぎていただけなんだ。
だから、一番大事な事を見過ごしていた。
35: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:45:02
光だ…
37: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:45:22
「だから、トレーナー……トレーナーを止めないでください。
私のトレーナーでいてください……。
私、強くなりますから……もう、自分を追い詰めないでください……。
私もトレーナーの仕事を手伝いますから、もう無理なんてしないでください……!
もちろん、すぐに覚えられないかもだけど……だけど! 絶対に覚えてみせますからっ!」
そう言い切ったムシャムシャに、あたしは左手を伸ばして、白くなるほど固く握りられた手を撫でる。
「っ!」
「ムシャムシャ……ありがとね。でもさ、私も間違えてたんだ……」
優しく、あたしは言った。
「あなたに正面から、向き合えてなかったのは……本当のことだしさ。寂しい思いさせたよね。ごめんね」
いつの間にか、あたしの目に涙が流れていた。
ムシャムシャの決意と、優しさが胸に溢れている。
「と、トレーナーぁ」
あたしの左手を、両手で包んだ彼女も泣いていた。
「ね? もうちょっとこっち来て……」
握られた左手で誘導するように引き寄せて、右手でムシャムシャを抱きしめる。
私のトレーナーでいてください……。
私、強くなりますから……もう、自分を追い詰めないでください……。
私もトレーナーの仕事を手伝いますから、もう無理なんてしないでください……!
もちろん、すぐに覚えられないかもだけど……だけど! 絶対に覚えてみせますからっ!」
そう言い切ったムシャムシャに、あたしは左手を伸ばして、白くなるほど固く握りられた手を撫でる。
「っ!」
「ムシャムシャ……ありがとね。でもさ、私も間違えてたんだ……」
優しく、あたしは言った。
「あなたに正面から、向き合えてなかったのは……本当のことだしさ。寂しい思いさせたよね。ごめんね」
いつの間にか、あたしの目に涙が流れていた。
ムシャムシャの決意と、優しさが胸に溢れている。
「と、トレーナーぁ」
あたしの左手を、両手で包んだ彼女も泣いていた。
「ね? もうちょっとこっち来て……」
握られた左手で誘導するように引き寄せて、右手でムシャムシャを抱きしめる。
39: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:45:41
あまり力は入らないけど、それでも精一杯の力を込めて。
「レース結果聞いてさ。悔しかったんだ、あたし」
「はい……」
「その時ね、あぁトレーナーなんだなぁって……だからさ、止めないよ?」
「は、い……」
「また二人でさ……がんばっていこう?」
ムシャムシャは何も言わず、私の背中に手を回す。
私の体調を気に使って、すごく優しい力だった──。
「レース結果聞いてさ。悔しかったんだ、あたし」
「はい……」
「その時ね、あぁトレーナーなんだなぁって……だからさ、止めないよ?」
「は、い……」
「また二人でさ……がんばっていこう?」
ムシャムシャは何も言わず、私の背中に手を回す。
私の体調を気に使って、すごく優しい力だった──。
40: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:46:19
ありがとう……ありがとう……!
41: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:46:58
良かったです
42: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:47:50
素晴らしかった
43: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:49:17
最高
44: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:49:19
良い話だった
45: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:50:06
ありがとう、本当にありがとう
46: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:51:26
最高…最高だよ…
47: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:52:08
ボクコウイウノスキ!!
50: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:53:49
これは納得の絶不調。
54: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 21:05:57
>>50
今気づいた。
今気づいた。
53: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 20:55:30
辛い終わりじゃなくて良かった…
55: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 21:15:56
BADENDじゃなくてよかったぁ。この2人を応援してぇ。
56: 名無しのあにまんch 2021/09/06(月) 23:11:37
これが人バ二体ですか
58: 名無しのあにまんch 2021/09/07(火) 00:31:01
おつ
名作がまたここに誕生した
名作がまたここに誕生した
59: 名無しのあにまんch 2021/09/07(火) 01:34:21
良い作品だった